調理はできても、食材のことは何も知らなかったわたし。管理栄養士が自ら畑を耕す、食を大切にする暮らし。

中尾千明さん

京都市出身の大阪府在住。管理栄養士として給食委託会社にて勤務し、その後特定保健指導や子ども食堂の立ち上げ及び運営に携わり、大学職員として管理栄養士・栄養士養成課程にて実習助手を勤める。管理栄養士として携わった延べ53万2千食・500名以上の日々の食を通じ、食との向き合い方がいかに人生において大切かを痛感。自分を大切に生きるための食とは何か、食を通じて「気づきの場所」をもっと身近に作りたいという想いが芽生え、現在は料理教室の講師や調理代行などの仕事の傍ら、刺繍作家としても活動中。

https://www.instagram.com/chimaki.maimai/

今の暮らし

毎日が仕事で、毎日が休日。フリーランスの管理栄養士として、そんな生活になって1年程が経ちます。周りの環境や時間に左右されず、自分や家族との時間を優先し、「好きなこと」「心が動くこと」に集中して仕事が出来るのはとても幸せな反面、自分の力でお金を生み出す難しさや苦しさも同時に味わっている日々です。

その他に、スローペースではありますが刺繍を施した耳飾りや布小物の製作と販売も行っています。手芸は元々趣味のひとつで、世間で自分の作品はどう反応されるんだろうと興味本位で始めたことがきっかけです。今は店舗での委託販売を中心に活動しています。自分の作品を手に取り、使って貰えることが嬉しくて、細々とではありますが6年ほど続けています。

休日の設定は夫の休みと合わせるようにし、その他の日は畑作業や料理の仕事、刺繍作家としての製作活動、大学の実習助手のアルバイトをしています。キッチンで色々なものを日々生み出しているので、季節の手仕事やパン焼き、発酵調味料の作成など、毎日何やかんやとすることがあります。外から受けている仕事は全て身近のご縁で繋がったもの。やっていて心地よく、この人の為なら一肌脱ごうではないか、と思える仕事に集中するようにしています。逆に、相手と対等にハッピーになれないことは受けないようにしています。対等というのは利益云々ではなく、お互いの幸せや成長を感じること。それが一番大事なことだと、綺麗ごとではなく真剣に思っています。

家族のためのご飯作りが楽しかった

幼少の頃は食が細く、両親や祖父母が心配するほどだったと言われるのですが、当の私としては、料理を作ることと食べることは割と好きで、小学校高学年頃から調理師免許を持つ母の見よう見まねで週に数回家族の食事を作っていました。

パートに働きに出た母を支える為に、家事の一環でイヤイヤやっていた部分もありましたが、家族から「おいしい」や「こんな料理も作れるようになってすごい!」と言って貰えることが嬉しくて、日々のおかずだけではなく時々お菓子作りにも挑戦。今思うと、食事を作る人がいないと困るから、私のモチベーション維持の為に家族総出でおだてられていただけかもしれないけれど…。

自然と将来は調理師になろうかと思っていましたが、母に「調理の技術だけではなくて、栄養について学べばもっと食に関する視野が広がるのでは」と、管理栄養士という職業の存在を教えて貰い、管理栄養士になってみたいと思うようになりました。

その後、4年制大学の栄養士・管理栄養士課程に進学し、学生時代より老人ホームの厨房で食事提供の下積みを開始。入居者さんや職員さんの「おいしかった」「また作ってね」と言って貰えることが楽しく、また体質や疾患など、個人の置かれた状況を汲み取り、ひとりひとりに寄り添った食事を提供する給食の仕事に魅力を感じ、大学卒業後は給食委託会社に就職しました。主な仕事は、老人ホームや病院で献立作成や発注、経理、厨房業務をこなしながら栄養ケアを経験していきます。

「調理は出来ても、食材のことを何も知らない自分」に気づ

順調に管理栄養士としての仕事をスタートさせたのですが、いざ就職してみると、絵にかいたような真面目さが取柄のわたしは、社会に馴染むことの壁を感じるようになります。自分にも周りにも120%を求めてしまう自分がいて、常に全力で完璧な仕事をしようと頑張りすぎてしまったのです。「そもそもなんで私は、こんなに”完璧”を求めようとするんだろう?」とふと疑問に感じ始めていた頃、突発性難聴になってしまいました。しばらく会社を休むことになったときに、中学校の恩師から救いの手が入ります。

先生に愚痴を聞いて欲しい、そして慰めて欲しいという下心満載の気持ちで送ったメールの返信は、「まぁとりあえず何も持たずに田舎に遊びに来なさい。」という拍子抜けした内容でした。場所は京都の京丹後。家から出ると前に50歩歩けば海、後ろに進めば山、というような小さな村です。

数日間の滞在でしたが、薪ストーブの火や海、山に癒され、食材のおいしさに驚き、虫におっかなびっくりしながら畑作業を手伝い、村人との交流の温かさに触れました。オクラが上に向かって生えていたり、初めてキウイやイチジクの木をみて、野菜はお金で買う「商品」ではなくて、ひとつの生き物であること、管理栄養士でありながら食材の姿や成り立ちを知らなかった自分にはっとしました。

電波やネット環境もよいとは言えなかったので、スマートフォンを触ることもなく、鳥や波の音を聞きながら、ひとりぼっちの砂浜に座って、「どう自分は生きたいのだろう」と思いを馳せました。恩師が何も語らず自然の中の暮らしに触れさせてくれた時間で、自分の中に「気づきと変化」が生まれていました。

食べるものの成り立ちを知りたい・・・」

管理栄養士として、献立を作成して発注して、作って提供して、食べている人の栄養ケアをして・・・と毎日過ごしていく中で、「わたし、一丁前に栄養価計算したり作ったり、栄養の話とかしてるけど、食材そのもののことなんて全然分かってないや。」と、京丹後で感じた記憶が蘇るようになっていった私。

その食材がどう生まれて、運ばれて処理されて手元にくるのか。どういったルーツを経たものが自分の口に入って、血となり肉となるのか。そもそも人間によって食される命はこの世界でどう扱われているのか。成り立ちすら何ひとつ知らないのに、よくも栄養も健康も分かってますみたいな話をしてきたなと急に無性に恥ずかしくなってきた自分がいました。

私自身都会育ちで、「土にまみれて、虫とかカエルがいる畑作業なんて無理~」と思っている人間でした。ちょっと歩けばコンビニがあって、スーパーがあって、お金さえあれば食べるものは何でも手にはいるのが当たり前の生活。でも、「さぁ今日からみなさん自分で食べるものは作りだしてくださいね?」と、お金さえ効力がない世界になったら私は生きていけるんだろうか。調理だけ出来たって、食材作れなかったら生きていけないんだと、食の成り立ちへの思いは募っていきました。

徐々に心と体を回復した私は、そこから2年間、同じ会社で給食の仕事を続ける訳ですが、業務をこなしながらもむくむくと食の原点である農への興味が湧いてきたのです。

野菜作りが教えてくれたこと

その後、夫の転勤を機に5年働いた会社を退職したのですが、初めて私が農業にチャレンジしたのは、夫の赴任先の佐賀県にある、とある小さな体験圃場でした。畝も最初から立っていて、苗を植えてしばらくしたら収穫するだけの、とてもお膳立てされた「良いとこどり」の畑だったけれど、それでも初めて植物の生長する姿や、自然の摂理を目の当たりにし、純粋に感動しました。初めて自分で育てたきゅうりを収穫できた時はとても嬉しかったし、「これで生きていける!」とまで思ったものです。

そこからもっともっと農業や食の成り立ちについて知りたいと思い、社会人向けの農業学校に通うことにしました。自分で畝を立てることから始まり、雨の日も風の日も容赦なく課題作物と向き合う日々。土にまみれることも、虫が嫌なことも、そんなことを気にしていられないぐらい野菜を作るって本当に大変だったんです!食の基礎を学びながら感じたのは、生きていくのに本当に価値あるものは「お金」ではなく「時間」や「モノを生み出す力」であり、そして自然に沿って生きることが大事だと、考える方向が変わってきました。この想いを、食を通じて伝えられる人間になろう、そして自分にあったライフスタイルを目指そうと、フリーで活動を始めました。

これからのわたし

フリーランスの管理栄養士としては、一歩ずつ道を模索している途中ですが、今までの経験を活かして「なんか知らないけど、栄養や料理に妙に詳しくて、聞いたら知りたいことを教えてくれる人」という、地域に溶け込んだ存在になっていければよいなぁと思っています。病院や福祉施設、教育機関といった場所で職務を全うすることもとても大切ですが、今の世の中、活躍されている栄養士さん管理栄養士さんは既に沢山いらっしゃるので、普段の生活の中で人々に寄り添いながら栄養や料理について伝える活動を通じて、食事のことを気にかけてくれるお節介おばちゃんのような存在になっていきたいです。

もうひとつのライフワークである刺繍は、糸と針で形を作っていく、シンプルだけど奥が深い手芸のひとつ。機械では生み出すことの出来ないニュアンスは、手刺繍ならではの魅力があると思っています。

料理も刺繍も、やっぱり手で何かを作るのが好きなので、ずっと続けたいですね。時代の流れを大事にしつつ、昔から受け継がれていて今にも役に立つことは逆輸入するような気持ちで楽しむ。「時短で便利」が溢れる世の中で、どこか私たちが忘れている部分を取り戻すような時間の使い方をしていきたいなと感じています。敢えて時間を掛けて野菜を育ててみたり、出汁を取ったりパンを焼いたりしてみるなど、自然の摂理や物事の成り立ちを体験する時間は人生に彩りを与えてくれると実感しています。まだ実現出来ていない豆腐作りや蒟蒻作りもしてみたいし、自分で火を起こして七輪や焚火で調理が出来る力も身に付けてみたい!まだまだやりたいことは尽きません。

大切にしていること

自分で作れるものは作ってみる 野菜、味噌、梅干し、塩こうじ、パン、お菓子、出汁、アクセサリー、布小物、などなど。お金を出してパッと買うより、自分で作ることで物事の成り立ちが分かること、生産してくれる人やいのちの尊さを知ることが出来るから。野菜を作っていると、人は土から離れて生きていくことは出来ないなと気づかされます。出汁を取ると、あぁ、やっぱり自分で取ったお出汁っていいなぁと思います。何でも時短ですぐに手に入る今だからこそ、一歩立ち止まって物事の本質を考える時間は、かけがえのない人生に繋がると実感しています。

お気に入り

心がざわつく時は、海や星空を見たり、焚火やキャンドルの灯、天然精油やアロマに癒されています。ゆらゆら揺れる火や広い海、夜空を見ると、「自分の悩みや邪念なんて蟻んこよりちっさいわ」と大概のことは吹っ切れます。

すてきなあの人

3年間クラス担任だった中学校時代の恩師。 社会人になり、仕事で行き詰まって体調を崩した時、「仕事なんてものは6割の力でするもの。自分の身の丈にあった暮らしを守ることの方がずっと大事。」と教えてくれた人。街中で暮らしながらも薪ストーブと太陽光で自家発電生活、もうひとつの拠点である田舎の家と田畑を守りながら地域を大切にする暮らしの実践など、彼女の生き方をみて、いつも気づきを与えて貰っています。

季節の手仕事や家庭菜園を実践している人、やってみたいけれど一歩が踏み出せない人、食事を大切に暮らしたいと思っている人、ぜひ繋がりましょう 刺繍のアカウントはこちら 詳しく見る