働く意味を模索し続け会社員から農業の世界へ。社会にとって必要だと言い切れる仕事ができる喜び

田中 祥吾さん

京都で生まれ滋賀県大津市で育つ。現在は京都市で妻と暮らしている。新卒で入社したメーカーで7年勤務。そこで感じた働き方に対する違和感と体験農園での経験がきっかけで農に関心を持つようになる。1年間社会人向け農業学校に通った後、退職して農家や農業系の公益法人で働く。最近フリーランスとなり、農業学校のアシスタントをしながら、かまどの制作支援をしたり、滋賀県高島市で大工仕事を習っている。

https://www.facebook.com/shogo.tanaka.1238

今の暮らし方

週1回は農業学校のスタッフとして京都の宇治に通っています。あとは、高島で大工仕事の手伝い。そこにある畑も少しやりつつ、小規模事業者のバックオフィス支援などをしています。不定期ですが、自給的な暮らしに関心がある人向けにかまどづくりのお手伝いもしています。

朝は4時半に起きて1時間ぐらい本を読んでいます。洗濯して、朝食と後片付けを終わらせてその日仕事をする場所に行っています。農家さんのところで働いて以来、15分ぐらい昼寝をするのが日課になっています。だいたい17時ぐらいには仕事を終わらせて買い物して帰って夕食を作っています。特に平日・土日という分け方はしていません。いくつか仕事を並行してやっているので、「今日はこれをする」がずっと続いている感じです。「家族と過ごす」ということも含めてバランスを考えながら、その日に何をするかを決めています。1日の中では午前中に考え事をしたり頭を使う仕事を、午後に手を使う農作業を持ってくると、気持ちよく過ごせることが多いです。体が生活リズムを覚えている感じで、夜は自然に眠くなってくるので21時半にはだいたい寝ています。

スケジュールの組み方や業務量のコントロールはまだ模索中、というのが正直なところです。時間配分や仕事をする場所を自分で決められるのはとてもやりやすいです。この働き方になってから買い物や洗濯、食事づくりなど家のことをする時間がちゃんと取れるようになりました。

ごく平凡な家庭で育つ

ごくごく普通のサラリーマン家庭に育ちました。別に自然豊かな環境という訳でもなく、地方都市の住宅地です。両親は共働きで、祖父母と同居していました。小さい頃は家にいる時はコントローラーを持ったまま寝るほど、ずっとテレビゲームばかりやっているような子どもでした。子どもの頃のことを親に聞いたことがあるのですが、何にでも興味を持って、好きなことがあると飽きずにいつまでもやっていたみたいです。それは今も変わらないですね。

働くことの意味に悶々としていた会社員時代

高校から大学までずっと会計を学んでいて、それを活かしたいと新卒で大手メーカーに就職しました。20代後半ぐらいから自社製品や自分の仕事に興味が無い人の多さが気になるようになりました。飲み会になると「いつ会社を辞めるか」という話が聞こえてきて、どの職場にも当たり前のように心を病んで休職している人がいるような環境でした。

自分自身でも今やっている仕事が本当に社会にとって必要なことなのか?と疑問を感じながら働いていました。

社会的には「良いところに勤めているね」と言われるような、名前を言えばみんなが知っている会社です。でも実際にそこで働いている人たちの姿を見ながら「何のために働いてるんやろう。成熟した社会の働き方って何なんやろう」、「今やっている仕事が本当に社会にとって必要なことなのか?」と、もやもやした気持ちでいました。

特に人間関係が悪かったわけではないのですが、その時は誰と話していても楽しくなくて、毎日、昼休みになると会社近くの公園のベンチで寝転がって1人で悶々としてましたね。 

体験農園で衝撃を受ける

26歳の時に結婚した妻の実家は農家でした。共通の話題があればという程度の理由で体験農園を利用し始めたのですが、そこでの管理人さんとの出会いが農に携わるきっかけになります。

その方は心の底から「自分のやっていることが社会に取って大事な仕事」と信じて仕事をしている方でした。ちょうど働き方について悶々としていた時期だったので「こんな人がこの世にいるのか!」と衝撃を受けたのを今でも覚えています。

自分で野菜を育てる中で、農を伝える仕事がしたいと思い始めた自分がいました。

しかし、「今が嫌でそう言っているだけじゃないか?」と自分も半信半疑だったのと、妻の実家は娘息子に農業をさせたくない考え方なのは知っていました。だから、自分の気持ちの確認と、家族への説得材料をつくるつもりで、社会人向け農業学校に通い始めることにしたんです。

その後も思いは変わることなく、卒業直前にその農業学校からスタッフにならないかと声をかけていただきました。仕事を変えることを考えている話をしていたためか、同じタイミングで京都のある有機農家さんのところで働く人を探しているというお話も紹介してもらえました。収入は減るけど、贅沢をしなければ何とか生活していけそうだったので、本当にこの先自分がやっていけるのかという不安はありましたが、29歳で会社を退職しました。

農家で毎日働く

週1日は農業学校のスタッフとして、週5日は農家さんのところで毎日収穫と出荷をして働く生活になりました。不器用な上に要領が悪くて、最初の頃農家さんのところでは口を開く時は「すいません」と言っているほど、毎日失敗をして謝ってばかりでした。

自分が給料泥棒みたいに思えてとても悔しい思いをしていたので、ちょっとでも仕事が上手になりたくて、できるだけ朝早く行って仕事を多くこなすようにしました。周りの方も本当に粘り強く教えてくださり、時間はかかりましたが、少しずつできることが増えていきました。

家族経営の農家さんだったのですが、ラジオのかかった作業小屋で手を動かしながら他愛のない話をしあったり、ビニールハウスの中で昼寝をするという生活リズムが心地よかったです。ほとんど休みはありませんでしたが、毎日仕事をしていても全く苦にならず、自分は農業が好きなんだという確信が持てました。

介護をきっかけに自分の働き方を意識し始める

31歳の時に祖母が癌になり、滋賀の実家で介護をするようになりました。父が休職して主に介護を担い、私は農作業が終わってから2日に1回、京都から滋賀の実家へ行っていました。この経験がきっかけで働き方を意識するようになりました。約半年という短い介護で最終的に自宅で私が看取りました。祖父母同居の環境で育った自分にとっては親同然の存在だったので悲しさはもちろんありました。でも、それ以上に祖母が亡くなるまでの間の中で何かを教えてくれているような気がしていて「今この時から何を学べるか?」と、ずっと思っていました。

介護経験の中で終末期医療のこと、介護離職のこと、人の尊厳のこと、色んなことを考えました。他の家族や自分もいずれ同じようなるということも意識するようになりました。

これから介護が必要になった時に、「自分は家族とどうかかわりたいだろう?」そう思った時、もし本人が望むのであれば、そばにいられる環境を準備しておきたいと考えています。

週3勤務を経て今に至る

農家さんのところで約3年お世話になった後、農業系の公益法人に就職しました。リモートワークも混ぜながら、週3日勤務というリズムで働いていました。大企業と個人経営の農家という両極端な働き方しか知らなかったので、スタッフ4人の小さな組織で働いた経験はとても貴重でした。ここでは総務・労務・経理・イベント運営と、事業運営に必要な幅広い実務経験をさせていただき、今につながる素敵な出合いにも恵まれました。かまどづくりもここで出合いました。

約5年働いた後、今は農業学校のスタッフを続けつつ、かまど作りや小規模事業者の事務支援をしています。フリーランスとしての働き方はまだ手探りというのが正直なところですが、嘘偽りなく「これは社会にとって必要なことだ」と思える仕事ができているよと20代の自分に教えてあげたいですね。それに、家族との時間を大事にできる環境にいられるのは本当に幸せです。

大切にしていること

身の回りのことを自分でやる

なるべく自分やってみるということを大事にしています。 初めて自分でハクサイを育てた時、肥料としてあげた油粕を土の中の微生物が分解して、それが養分になって野菜が育っていることを知って驚きました。「こういうものを食べていたんだ!」って。食べているもののことを何も知らなかったんです。 自分の五感を使って実際に体験することで、物の見る時の解像度が高くなると思っています。特に衣食住に関わる暮らしのベーシックな部分は、これから実体験することがもっと大事になっていくんじゃないかと思っています。

何よりも、身の回りのことが自分で出来るのはシンプルに楽しいです。 農作業も大工仕事もやっていて理屈抜きに体が喜んでいるのが分かります。

お客さんにならない

会社員時代、「こんなこともやってくれない、この程度しかできないのか」という言葉を山のように聞きました。そこで感じていたのは相手が動いてくれないと自分では何もできない、という無力さみたいなものでした。

お客さんみたいにコメントしたり、誰かを評価したりするんじゃなくて、自分がどう関われるかを大事にしたいです。

常にそう思えているかと言うと、そうじゃないことの方が多いのが正直なところですが、たとえ余裕がある時だけでも、自分の考え方や動き方一つで状況は変わるかもしれないと思う方が、少しでも気持ちよく暮らしやすいんじゃないかなと思っています。

お気に入り

マキタのグラインダー かまどづくりでレンガや鉄の板を切ったりするのに使っています。1400Wでかなりパワフル。

本:自分をいかして生きる:西村佳哲 働き方や仕事のあり方について書かれた本です。今でも時々読み返しています。

すてきなあの人

野呂由彦さん かまどづくりを教えてくれた農家さん。謙虚でありながら常に主体的。自分もそうありたいと思う方です。

お知らせ

小屋づくりしたい人・かまどづくりしたい人・鋳物を作れる人・山仕事を教えられる人を探してます!